半陶 輪島焼 能登ノ國で 土に還る土を探し求める日々

ラベル 芸術 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 芸術 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

火曜日, 6月 22, 2010

奇岩なる風景と海の匂い






この場所は、誰もが知っている。
そして、誰もが普通に見ている。
でも、都会の人たちが見ると違う印象を持つ。
こうして、この能登半島に来て住み始めても慣れない私がいる。
面白いようだが、やはりここには物の怪がいる。
人には嫌なことをしない景色。
人間として、何かを残さなくても、満足できるシーンがある。
お金ではなく、心の時代にしたい。
私もたくさんの人と関わり、なかなか上手く行かなかった。
まさに、この奇岩ではないが奇異なるもの。
交わってはいけない事もある。
しかし、結果としてその中身が大事であって、人はいろんな道を歩く事になるだろ。
でも、道は道として歩み、考え、思想などもある。
だから、ここまで来たのであろうか。
資本主義の社会に生れたからこそ、仕方のないいところと受け止めてきた部分もある。
しかし、歩いてくれば不思議とカタチが出来上げあってくる。
今も個展、プロデュースなどを手掛けているが、未来の子供たちのために努力している。
これも、今までもして来たし変わらない。
でも、なかなか人は自らの事を社会に貢献することを嫌がる時代が続いている。
最近、志士たちに出会った。
もしかしたら、出会う運命だったのかもしれない。
私はその志士と関わろうと思う。
もう失敗はない。
いや、自分が主体で動くからこそ、受け止めれると思う。
あの世が近づいたのかもしれない。
そう思って今は生きている。
結果は何を期待し、生みだそうとしているのか、私でさえ分からない。
フリージャズセッションを演奏するギターリストのように、即興でプロデュースすることが、私の課題かもしれない。
集中力も企画力も行動もバランスも心意気も、何もかもがそろっていないと出来ない。
そして、失敗は許されない。
人生に何度とないチャンスが来ている。
物事は動かす時に動かんさないといけない。
私だけでも難しいのである。
思い続けて25年余り。
やっと志士が現れたのかもしれない。
待っていたわけではない、前に進みながら、出ず偶然を待っていた。
また、光が集まって来た。
輝く未来が見えてきた


この場所は、誰もが知っている。
そして、誰もが普通に見ている。
でも、都会の人たちが見ると違う印象を持つ。
こうして、この能登半島に来て住み始めても慣れない私がいる。
面白いようだが、やはりここには物の怪がいる。
人には嫌なことをしない景色。
人間として、何かを残さなくても、満足できるシーンがある。
お金ではなく、心の時代にしたい。
私もたくさんの人と関わり、なかなか上手く行かなかった。
まさに、この奇岩ではないが奇異なるもの。
交わってはいけない事もある。
しかし、結果としてその中身が大事であって、人はいろんな道を歩く事になるだろ。
でも、道は道として歩み、考え、思想などもある。
だから、ここまで来たのであろうか。
資本主義の社会に生れたからこそ、仕方のないいところと受け止めてきた部分もある。
しかし、歩いてくれば不思議とカタチが出来上げあってくる。
今も個展、プロデュースなどを手掛けているが、未来の子供たちのために努力している。
これも、今までもして来たし変わらない。
でも、なかなか人は自らの事を社会に貢献することを嫌がる時代が続いている。
最近、志士たちに出会った。
もしかしたら、出会う運命だったのかもしれない。
私はその志士と関わろうと思う。
もう失敗はない。
いや、自分が主体で動くからこそ、受け止めれると思う。
あの世が近づいたのかもしれない。
そう思って今は生きている。
結果は何を期待し、生みだそうとしているのか、私でさえ分からない。
フリージャズセッションを演奏するギターリストのように、即興でプロデュースすることが、私の課題かもしれない。
集中力も企画力も行動もバランスも心意気も、何もかもがそろっていないと出来ない。
そして、失敗は許されない。
人生に何度とないチャンスが来ている。
物事は動かす時に動かんさないといけない。
私だけでも難しいのである。
思い続けて25年余り。
やっと志士が現れたのかもしれない。
待っていたわけではない、前に進みながら、出ず偶然を待っていた。
また、光が集まって来た。
輝く未来が見えてきた。

金曜日, 1月 08, 2010

どこに居ても大切な瞬間




いろんな景色があります。
片づけれない心とイデオロギィー。
夕焼けの中に見えるモノが、世界中どこに行っても変わらないと言うこと。
イルミネーションは、人工的なのですが、でもなぜか自然に見えるのも、人の関わり造り合えたということですね。
時間にかまけず、大事にして行きたいですね。
見えるものがすべてではないのですが、精一杯出来ることを、一生懸命する。
出来ないとこは、出来ない。
これこそ、モノづくりの原点。

発想とイメージ。
用と観。
色と質感。

すべてが、きちんとシンクロしている。
駄目なものはないが、誰もがそう思ういいモノはある。

いつも、今を大事に、今いる人を大事にして行きたい。

能登で暮らす大変な日々は、生きる業でもあります。

必ず、夢はかなうものです。

すべては、何かを生み出すための、無駄な時間。

技術を磨く時期は、いつも変わらない。

いいモノを生み出し、造るために。

周りの人に感謝の日々でもあります。


日曜日, 7月 12, 2009

漆と焼物のことに関して、ご注意を・・・・




先日の写真でも、造り方や売ることに関して、問い合わせが来たので、一応お知らせです。
販売は、もうこの月末から始まる予定です。
展開先も決定してあります。
また、準じてご報告いたします。
また、赤の皿や黒の椀の件ですが、使用方法や製法などは、先使用権をしてあります。
つまり、漆と焼物の製法に関してになります。
もし、何かそれに関して使用する場合は、必ずご連絡したください。
特許申請と同じ効力がありますので、ご注意ください。
また、権利発生した場合は、能登の子供たちのためになるように、基金設立する予定です。
売れない時代ではありますが、ルールは守りましょうね。
いい時代を作るには、みなさんの協力が必要です。

連絡先

合同会社 能登ノ國

担当 東龍 知右門(とうりゅう とうえもん)

電話 0768-52-3034
e-mail info@notonokuni.jp

土曜日, 7月 11, 2009

千住博さんの言う展開なる時の鮮烈があるから・・・





なぜか、この一枚を見つけてしまった。
何か言いたいわけでもない。

あの時間から、何もかもが変わってしまった。
時間の中にある継走は、意味があったのだろうか。

矛盾も結果もわかっていても、進まなければならない道がある。
しかし、それをせずに生きても生けない。
こうやって、日本で仕事をしている事が嫌なわけではない。
でも、海外に戻りたい気持ちは変わらない。
 
やり残したことが、沢山ある。
韓国の大学生たちとの…
韓国の美術館に飾ってある自分の作品が、無性に見たい。

渡辺香津美さんと、この前話していて、千住博さんが「芸術家は展開なんだ」って。
そう、普通は過去であるが、私自身の瞬間がある。

今年、なんとか韓国に行こうと思っている。

やばいかもね。
私以外、みーんな偉くなってるみたいだし。
でも、体と魂をぶつけれる時期が、やがてやってくるのかも知れない。

そう信じて展開を控えて来たのだから…
李仁鎮(チンなんですが、ないんです。)申相浩、이강효、李正道…
会いたいし、工房に遊びに行きたい…
造りたいしね。
韓国で久しぶりに。
大学で教えてた時も、わぁ~っとつくちゃったしね。

まだまだ一杯いるけど、ちょっとしたボヤキかな。

来月、再び東京に行こうと思う。
いえいえ、東京で展開が始まったのである。
私の命がけの魂の仕事は、もう始まっている。

生み出すことしか、生きるすべがない展開が。

時間は、急に溶けて来ている。
ついでに、ヨーロッパも行こうっと(インチョン経由で…ボソ…)
やっぱり、一人で行くと地球一周はなににしても
帰ってくる勇気が…
無くなりますね。

良ちゃん連れてこ…
帰る気持ちは、寸分あるので
でも、ちなみに私にとって能登は海外です









大きな地図で見る

月曜日, 6月 01, 2009

Taro Okamoto 時代の後脚 渋谷駅




いつだったか、ブログに乗せたことがある岡本太郎の絵である。
やっと、見ることが出来た。偶然にも、渋谷駅の上にあった。
まったく、元気で雄大であった。
ピカソのゲルニカは、違う気迫があり、この絵も気迫というより、少し違う意味ではあるが、殺意すら感じる絵であった。
人の心をえぐるというのは、まさに殺意と私自身は思っているので、間違いなく殺意という他ならなかった。だからこそ、出会った瞬間は思わず自然に立ち止まってしまった。
だからこそ、私の空間がここに残されていた。
しかし、どことなくメキシカンな匂いも、不可思議な形相をも生み出していた。
人生の中で、好きな絵の一枚であることは、間違い無かった。
東京で疲れていたが、出会ったことで、体に元気を取り戻した。街の中のシーンを映してみました。心的に少し感動してほしくて、シーンを撮影しました。



月曜日, 5月 25, 2009

吉田 隆 ジェム・アート 南青山


































吉田先生の個展が、昨日の午後で終了しましたが、ぎりぎりのところで見に行くことができました。
さて、ここにはいい作品もありますが、陶芸の作品も置いていました。
なかなかいい茶碗でしたし、結構売れていました。
長年の友人、伊藤さんと行きました。 
わざわざ茨城県の水戸市から御出でくださいました。
彼は、居酒屋をたくさん経営していて、私の作品もお店で使ってくれています。
板前としても、本当にいい腕をもっていらっしゃるので、お店でいただくのが、いつも楽しみです。
しかし、芸術のことはわからないと言って、今回吉田先生にいろんな質問をしていました。
私も、このジェム・アートは中川幸夫先生が来ていたようで、本当に驚きました。
作品も、いろんな趣向があり、私も東京で個展をしようかな?なんて、思い始めました。
私は、今まで東京の個展はずっとどんなところでもお断りしていましたので、そろそろスタートしようかと考えております。
東京では、当時からいろんな企画をしたり、音楽、舞台といろいろして来ました。
私にとって、ここがスタート?かもしれません。
やっぱり、作家は作品が売れることによって、成長するので、本当に楽しみです。
そうそう、池上邸での個展も大成功に終わり、ご来場の皆様に感謝、御礼申し上げます。



水曜日, 5月 13, 2009

池上寶蔵邸 「のとキリシマ展」 珠洲市





















現状をよく見たら写真からも想像つくことがあるでしょう。
そう、これは一つの現代アートなんです。
今まで、私はいろんな企画展開を図ってきました。
このパフォーマンスが、わかってもらえると嬉しいのですが。
結構、芸術分野でも、そこそこ経験したり、見に行ってないと、難しいかな。
でも、私の長年の友人たちは、きっとこの画像見たら笑ってるに違いない。
本当の品格の領域とは何か?
そうなんです。
言葉ではないんです。
そこが、一番言いたいキーワード。
これからの時代は、こんなスタイルがニューヨークのソーホーとか、ドイツとかでは、相当ウケルものですね。
敢えて奥能登でしたところが、今後の私の活動規範の原点になるでしょう。
馬鹿にしてるわけではありません。
本当に、来てくれた人、品格、いろんな部分を、この会場にある作品たちは、大きな経験してるでしょうね。
ここでの個展は、今回がきっかけ。
そして、当然来年が重要
さーて、ゆっくりといろんな視点で見させもらうことが、貴重な時間なんです。
お金ではない部分。
こののとキリシマツツジを真剣に守ろうとしていることが、わかっていただけると幸いです。
奇麗に今日も咲いていました。
本当にここさけではなく、守らなければならないことが、この能登半島にはあまりにもたくさんありすぎています。
私は、生きている限り最大限努力し、友人の協力を得ながら、実現していくつもりです。
「そんなんで、飯が食えるか!」
もう、22歳のころから言われ続け、否定されて来ましたが、もうここまで続けれてくれば、なにかいい意味で楽になりました。
池上邸を降りかけると、私の大好きな池が迎えてくれました。
その池も、毎年の能登に来てから、三年余り通っていますが、見るたびに中川幸夫先生の萩の美術館で個展会場のシーンを、この菊桜が咲く池を見ているとさまざまなことが思い起こされ、いろんなこと、過去、現在、さまざまな思いや情熱が沸き起こり、自然と涙が落ちて、池の中に溶けて行きました。
人生に意味のない涙と心はない。
この個展もそうだが、私の土を持って戦うということは、いろんな現実だけではなく、未来性を持ってこの二十年間続けてきているのだ。
山海塾とは、また違った・・・心の文化を取り戻すために。
いつまでも、日本が味わい深い民族でいてほしいから。

さて、四つのブログも書いたし、今からロクロで作品作ろうかな。
ん?午前2時過ぎか・・・
さぁ、出よ。



水曜日, 5月 06, 2009

作家 吉田洋子さんの茶垸


椿庵でお茶を頂いた。
久しぶりの抹茶。
そして、畳。

いい景色の中に、とてもエレガントな茶垸。
いいなぁ~と思う空間にこうして、佇まうと、なにか心が読めてくる。
きっと、何かあるのかもしれない。

茶垸としても、いい。
私は、幸せ者で、加藤陶九郎、岡部峯男、荒川豊蔵、金重陶陽、藤原啓、雄、近藤悠三、中里無庵など、さまざまにお茶を飲んできたが、なかなか女性の茶垸ながら、しっかりとした飲み口だった。
感謝というか、やっぱりいい時間をすごして経験してこられ、それ自体をこの小さな空間に封じ込めれたのだろう。
茶垸は、難しいともいうが、作られるものでもないので、こうして、気軽にいただけることが、何より大事である、
今後の吉田洋子の作品に、期待を夢見ている。
間違いなく、それは私以外も同じことを思っているに違いない。

この写真を通して、何か感じて欲しいものである。

火曜日, 4月 21, 2009

永井豪記念館 もう少しでオープン 輪島市







あの有名な永井先生が、記念館に。
一応、前方にあるチラシや雰囲気とって見ました。
動画で、輪島の朝市のムードもついでに。
こうして見てみると、輪島にも明るい話題のひとつなのかもしれませんね。いい時間が流れていますよ。
連休前に、ゴーですね。

水曜日, 4月 08, 2009

永井豪記念館 輪島市






朝市通りに行ってみると、町の真ん中ぐらいに、のとしんがあった場所に出来あがっていた。

永井豪記念館だが、はじめはマリンパークに出来るとか、いろいろ噂だけが先行していたものだ。
ところで、永井豪はこの輪島出身だったらしいが、昔はうだつが上がらずに、みんなに馬鹿にされてきたらしい。
こんな成功をするとは、誰も思わなかったようだ。
今現在は、記念館も出来たり、理解者もたくさんいるようである。
でも、能登輪島から輩出していることは、素晴らしい。
マンガも文学のようなものなので、面白い。
オープンは、今月25日のようです。

北國新聞URL




日曜日, 4月 05, 2009

ギャラリー 点 金沢市









入江二丁目にあるギャラリー点に吉田先生と行きました。
いい感じの場所で、格調高い場所でした。
外からの景観も最高だったし、内装や備品、家具など、すべてが素晴らしかった。
岡山でも、こういうオーナーのギャラリーはありませんでした。
さて、知人でもある竹股桂さんの作品を見ました。
いい面白いきちんとした造形だったので、ととえも感心しました。
篠田守男先生の退官を記念しての展覧会でしたが、いい内容で、私も久しぶりに
ほっとして帰りました。
夜は、塩田村で会議でしたので、結構一日疲れました。
弁当を頂きましたが、庄屋の館からで、はじめてでしたが、美味しく有り難く頂戴しました。
揚げ浜式がいろんな形で広がるように、これから頑張るつもりですが、さすがに今日は、
大変な一日になりました。
私の作品もこうして、塩田村の一角で活躍?しています。


ギャラリー点 URL




火曜日, 3月 10, 2009

平櫛田中 「気楽坊」 井原市


画像からもおわかりようにおおらかな笑いがあります。
この作品は、本当にいい作品です。
私は修業時代にこの作品を借りに、日通の大きな美術専用車で、迎えに行きました。
このときは、いろんな作業チェックや運搬方法、担当官、開封作業、維持管理など、貴重な緊張のお仕事でした。
田中さんの言葉は、何か決め文句も素晴らしいのですが、なんと言っても心の中に残るものが、多いと思います。
今やらねばいつ出来る・・・
この先生は、藤原啓先生とも深いお付き合いがあって、啓先生が70歳ぐらいのときにタクシーに乗って高島屋に行こうとしたら、「若造、歩いて行くぞ」なんて行って歩く先生だったらしい。
まあ、120才近くまで生きたし、200歳まで生きるって言って、材料を買い込んでいたのは、有名な話である。
それに、彫刻をつくるときも、90歳以上になっても、飛んで作っていたようで、恐ろしい人だったといわれています。
元気が一番ですが、田中先生のように長く生きるのも芸なのかもしれません。


日曜日, 1月 18, 2009

第21回いしかわ県民陶芸展 金沢市






第21回いしかわ県民陶芸展で奨励賞を頂いた。
小谷内和央先生が出してみては、というご意見もあって、参加させてしました。
先生の生徒さんが、大賞を取られたようですし、どうも門下生は5人ほど賞をとったようで、喜んでおられました。
いろんな研究や人の意見は聞くべきだと、会場でも小谷内先生は熱心に、話されていました。

そのおかげで、封書で受賞通知も頂き、有り難く頂くことにいたしました。
会場は、ラブロ片町7Fであり、中に入ると結構な作品が展示され、いろんな土や釉薬や熱心な風景が見られた。
写真の撮りで見ていただくと、飯田雪峰先生が列品解説をされました。
本当にかなりの長い時間先生は、解説をされ、大樋年雄先生、高光一生先生が残された言葉を丹念にお話しされていた。
私の作品は、大樋年雄先生が推薦してくれたらしく、造りのことやルールについてお話をしていたと言われてましたので、今後の制作にきちんとしていこうと思いました。
全体的に本当にレベルも高く、岡山の時とは全く違ったものを見ることができました。
石川県文教会館というところが主催のようでしたが、職員の方々も本当に尽力していたことが、大変よくわかりこれだけのものにしていくのには、時間も人材も必要だし、石川の良さを垣間見ることができました。
今日は、いい勉強になったし、なにか新年早々いいスタートが切れました。
奨励賞の中身は、若車工房の藍バンダナが入っていたので、なかなか気が利いていて色もいいので、もったいないだろうが、仕事に使おうと思いました。

火曜日, 11月 18, 2008

「明日の神話」 岡本 太郎



縦5.5メートル、横30メートルの巨大壁画
岡本太郎が残した作品の中で、運命的な作品のいちばん代表になったものだろう。
公開したこともそうだが、こんなモノを作れる芸術家が今は日本にいないのも現実である。
彼は数奇な運命を辿りながら、作り続けてきた。
ただツクルだけではなく、いろんなことに準じて行きながら、自分のカタチを残して来た。
私が知りうるに、いろんな考えはあると思うが、彼のようなビッグバーン的な上手い引き付けるプロデュースは、すごくシンプルで難しいし、また誰にでも出来ることではないのだ。
色もカタチもどこかにありそうでないものであり、この中から何か声が聞こえてくる。
土門拳が原爆を写した様に、彼もまたその迫真的な危機感を訴えるごとく、絵をいうカタチにしたのであろう。
私のお客様で、長年付き合っている東京の方で、生前、岡本太郎とお付き合いがあった人がいて、いろんな話を聞かせてくれたものである。ただその時、面白かったのが、彼の眼と私の眼が似ていると言われたことだ。
なんとも言い難いが、どうも人の眼をしてないらしいい。
たぶん、日本刀を持ったサムライのような死ぬ覚悟で生きているからかな、っとも思うが果たして真意は分からずのままである。
本題から外れてしまったが、この絵というか作品は、いつか見に行きたいと思っている。
心を描いた作品としてすごくいいし、じっと見ていると飛び上がったり、何より歩きだしそうな気配は何とも面白い。
そして、人の心の中に入ろうとする彼の心はたゆまなく受け入れがたくもある。
しかし、私はこれを見るとスペインにあるピカソのゲルニカを思いだす。
ゲルニカを見に行きましたが、こんな岡本太郎の作品のように平和な様子はありません。
未だに高圧なガラスに包まれてしか存在できない現実だということが、何より大きな違いということだろうか。
私の大好きなU2の曲に合わせて見てください。彼はアイルランドの出身です。能登半島も私のとって、アイルランドのような存在なのです。U2のボ-ノはすごい感性の持ち主です。

ブログ アーカイブ

ラベル

過去 (666) (110) (79) 仕事 (59) (58) (57) (36) 教室 (26) 展覧 (24) 芸術 (24) 友人 (20) (19) (18) (17) (15) (14) (13) 市場 (11) (10) (9) music (8) 正月 (8) 地震 (7) 温泉 (7) 鉄道 (7) (6) 文化 (6) (5) (5) 新聞 (5) 波の花 (5) (5) 宗教 (4) (4) 映画 (4) 東京 (4) 結ひ (4) 能登 (4) 釣り (4) チャリ (3) (3) 個展 (3) 師匠 (3) 料理 (3) (3) 窯跡 (3) 陶芸 (3) 電車 (3) 音楽 (3) バス (2) 友人 music (2) (2) 宿 (2) 揚げ浜式 (2) 民宿 (2) (2) (2) 陶芸教室 (2) KyuWa (1) ちまた (1) イベント (1) エンド (1) 七太郎 (1) 岐阜 (1) 岡山 (1) 巨木 (1) 揚げ浜 (1) 新年 (1) 曼殊院 (1) 曼珠院 (1) 歴史 (1) 病院 (1) 神社 (1) 祭り (1) 結婚 (1) 良ちゃん (1) (1) 言葉 (1) 講演会 (1) 谷中 (1) 輪島 (1) 輪島塗 (1) (1) 静岡 (1) (1) Kyuwa (1) PC (1)