時間に構わず行ける時に行って来た妙成寺。
仏教とか宗教とかでもなく、ここに存在することが、大事である。
言葉には変えられない。
佇む中に歴史観も壮大なイメージもある。
日ごろの圧力的なモノから一瞬解放される時間でもある。
心は大変疲れるものだ。
しかし、こうした場所に来ることによって何かが変わる。
妄想かも知れないが、ほとんどこれを思うことになる。
最大の行き場の失う気持ちが、何かによって解消されることは間違いない。
日蓮宗総本山でもあるが、私の取って能登半島に真っ先に見つけたお寺。
たまたま五重塔もあったり、長谷川等伯の軸もあったり。
何もかもが必要な事だったのだろう。
行く先を間違えないで進むことは、たやすくない。
頑張るしかないのだろう。
今はそうして日々刻々と伺い知れず進んでいる。
今日も参拝して、ゆっくりと進む。
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