



人口三万とか二万とかの世界から三千万人の世界へ・・・
雪の中から機械の中。
まあ、生きていてこれだけ流れの違う空間と時間で生きるのも、悪くはないが、あまりに刺激的かもしれない。
付いてくことでもないが、何かぼんやりと何かが見えてくる。
本当に能登半島では大変な生活であるが、満足感と充実感は正直一番である。
たぶん、私なりに気がついたことも、ごく最近なのかも知れない。
いつも忙しく仕事しながら、生活し、なんとかご飯を食べ、美味しい能登の食材のおかげで、心が満足しているから、今があると思っている。
人にも食材にも感謝なのである。
毎日、山を歩きのと鉄道に乗り、頑張って生きるのも、なかなか面白いが本人にとっては、ちょっときついことも少なくはない。
都会に行く前に見える車窓は、なんとも言い難い。
涙こそでないが、心の中は湿っぽくなるものだ。
故郷でもない土地に愛着を感じるだけでなく、見つけれなかった大事なものを感じ取っているのかもしれない。
それは、不思議と言葉ではなく、本質的な本能のままがあるからかも知れない。
きっと、日本人だからなのかもしれない。
雪道も都会の舗装道も、歩く道に変わりはない。
でも、違う。
歩いてみると景色の中に、見えてくる何かがある。
言葉でもないが、浮かぶのは思いと言葉しようと思う気持ちなのだ。
能登半島には純粋な素材も種も、実るモノもある。
でも、上手く重なりあることはないようだ。
満足が満ちる前に、消えてしまっている。
文化は憂いなくカタチになっていく。
誰が何を言おうとカタチになる。
だから、文化が生まれるとも言う。
新しいことがあるから、何かが生れる。
新しいモノが生れない世界は、地球にはない。
ブッシュマンのコーラ瓶ではないが、常にきっかけこそがすべてである。
転がらなくても、転がるのも人の人生。
能登半島から一枚の「のと鉄道」の切符からバトンを受けながら、都会まで来た。
このバトンはだれに渡せばいいのだろうか・・・
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