東京は、三軒茶屋にあるナクソス・ジャパンに行きました。
正直、ここに来るには、いろんなエピソードがあり、まさに人生の分岐点?というか、唯一私の心も立場も存在する大事な人たちがいる会社なんです。
私自身、会社に入る前に、思い出、時間の流れ、いろんなすべてが思い起こされ、泣いてしまいました。
11年ぶり。
自分から、立ち去った時間や想い、仕事。
間の抜けた隙間だらけの肉体と心の未熟さに、耐えられなくて、何もすることができなかった。
Everybody
佐々木順子さんに会うために、行きました。
事務所に入ると、元気で素敵な方でしたが、なんにも変わっていませんでした。
笑顔で、私を迎えてくれました。
言葉のいらない人の存在って、こんなに素敵で感動的で、心が救われるなんて、思いませんでした。
たくさん、話しました。
おたがいの時間をこの短い時間で、埋めるように。
ああって。
能登に来ても、馬鹿にされ、理解されず、誹謗中傷、詐欺師やペテン師呼ばわれ、叩かれ続け。
それでも、能登のために頑張ろうって・・・。
おまけに、ビール瓶で殴られそうになったり、信じられないくらい打ちつけられたけど・・・
今も変わらず、何とかしたいって、能登の子供たちの未来のために。
何で?何かメリット?何があるの?
ほとんど、100%の人が、口を開けて、私に聞いてくる。
お金なんていらないし、豊かな心が生きていけるだけがあれば、私はそれだけでいいって・・・
お米のまつもとさんの美味しい無肥料、無農薬のお米に野菜、能登でしかない大自然から頂ける海の栄養、山の栄養があればいいって。
今までずっと生き続けている人生という狭間の中で、人とは違うことを認識していなかったことが、どれだけの誤解とジェラシーを生んできたか、自分自身が汚れたくないし、心に見えるただ一点の真実だけを追い求めて来ただけなのに、人は平気で私の心を傷つけ踏みにじんできたか。
佐々木さんと話をして、mujic.jpのこと、ご主人のこと、渡辺香津美さん谷川公子さん、いろんなミュージシャンなど、いろんな思い出、現実、未来を、たくさん話しました。
嬉しかった。
芸術家として生きている自分を、理解してくれる存在って、こんなに大切で大事で、自分の心が楽になるなんて、生きていて思わなかった。
でも、私の発想やイメージのわがままを聞いてくれる人って、そんなにいないって、能登に来てから、気が付かされました。
お米のまつもとさん、横道社長、下川社長、漁火の下さん、浜岸先生、一番の理解者は良ちゃんかな。
今は、心よりありがたいし、有難うって、言えるんです。
何かの理由もあるわけでもなく、心の叫びが聞こえてくるんです。
だから、この東京に来たってのは、私にとっての過去なる未来で、現実なんです。
未来の扉って、あるんですね。
一応、私の会社能登ノ國は、ナクソス・ジャパンの石川県での販売権をいただくことになりました。
金沢にミュージックショップもしたいって、思い出しました。
石川県のために、心の文化がより一層広がるように。
帰ってから、忙しくなりそうです。
クラシックなる原風景の中に、音楽家が演奏できるように、頑張ります。
そのコンサートを能登の人たちが、侵されてない自然の中で聞けるように、頑張ります。
佐々木さんが、生きているうちの最後の会社と仕事って、話してくれたから、私も世の中にたくさん広がるように人生をかけてお手伝いするって、約束しました。
それに、順子さんが早く私自身も幸せになりなさいって、言ってくれたし、相手は居ないけど、そろそろ結婚も考えないと行けないかな?
心より愛する能登のために・・・
まだ見ぬ未来の現実もと
私は、命がけで芸術を感性の赴くまま、中川幸夫先生の華のように、咲かせて行きたい。
ナクソス・ジャパン
music.jp
渡辺香津美
谷川公子
心より地中の平和を祈り続ける芸術家たちの礎を、実現することが、私の夢でもあります。
わが愛する会社
私たちは能登ノ國が復活するために、頑張ります。
その情熱なる魂を、夢という観えないカタチを追い求め・・・
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