
やっと焚いて出した窯
一点一点にいろんな表情が埋もれていた
やはり、窯の壁は、土であるがため、ほとんど崩れていた
途中、かなり悩んで窯の火を止めたのだが、開けてみてやっぱりそれがベストには違いなかったと確信した
当然はじめから、安全に窯を出すようにすれば良いのだろうが、私は今までにないことをしたかったことがあったので、今回は究極の吾がままで仕事をしてみた
窯跡をいろんなところに行って、陶片を見る度に、昔の人は、きっと窯焚きやいろんな条件が大変だっただろうと他人事のように思っていたが、実際に自分に降りかかってきたこの結果は、黒い雨が滴り落ちてきて、傘を差すしかないのだが、差す傘がなかったようなものだった
しかし、作品の焼け具合としては、韓国慶州の新羅土器、利川近郊のオンギに似た感じになっていた
陶土自体は、問題がない
窯詰めは、改善をしないといけない
最大は、やっぱり窯の壁の問題が一番である
そして勾配がゼロに対してどのような作品を造ってくかが、今後の課題になった
ただ、焼けてきた作品は今までにない丹精で落ち着きのある風合いに仕上がった
以前、評論家の柳生尚志先生に頂いた言葉を思い出した
「東龍君は、草莽な陶工だから、どんなことでもいい結果として頑張ってもらいたい」
私は、やっとそ草莽になれたんだと実感しました
能登より初めての窯出しは、厳しくも暖かいくも陶工、作家としてではなく、東龍という人として、新たな無よりの創造する人ととしての出発になりました
これから、秋に向かって作品を造り、年末には個展をするように考えています
家に帰ってから、気に入った作品の中で持ち帰った一本の鶴首の花入に華を活けてみました
一輪の花は、すっーとして、両手よりも大きく咲き華やいで大きくゆらゆらと風もないのに揺れていました
数少ない作品だが、私にとって貴重で大事なものであることには変わりない
私の焼物人生として、半島能登の人間としての第一歩は、進みだした
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