
よく飲んでるし、昔能登半島に来る前からのお付き合いのお酒である。
備前焼とは違うが、歴史、造形、すべてにおいて共通項があるので、現代において一般的にどのように考え使われているか、確認したかったので、お願いしてきた。
焼締めは、ある効果があって、味が瞬間に変わるので、どうしても試したかったからである。
珠洲焼は、焼成方法、陶土がすべてである。
はたして、復興という部分がどのようなカタチになるかが、ポイントだ。
今までの努力は素晴らしい。しかし、これからの努力も大事である。
先人に甘んじることなく、より進化した珠洲焼が生まれてくることを、願っている。
平安時代に謳歌した珠洲焼は、どちらにしても宗教性の強いものである。
当時の日本は、庭園技術にしても、文学にしてもさまざまに大きな違いがあるのである。
今世紀、もっといい作品が珠洲焼から生まれ、後世に残して活ければ昔の珠洲焼などどうでも良いことになるのではなかろうか。
北陸中日新聞の石本さんは、資料を貸してくれたし、その中にあるキーワードを見つけたのだ。
彼の持っていた資料は、まさに二十年前ぐらいに故矢鋪貞夫さんが編纂したものである。
これを本当はきちんと明確化して、図書館にあればと思ってみたりするが、実際は行っていないのであるかないかは、わからない。
中に、珠洲焼作家の小西栄一さんの若き日の頃の写真もあった。
懐かしいだろうし、前向きに作る姿は本当に人の一番きらきらしたところで、見ていて、すがすがしい。
明日のブログに、多少アップしてみようと思う。
今こそ、珠洲焼。
だから、半島の子供達が必要だし、新しいものでもなく、昔からこの半島に存在するのだから、自然と融合して行けばいいと思うが、これからが楽しみである。
それだからこそ見つめる原点は、大地の土である。
なぜ、備前と共通がたくさんあるかは、これから解き明かして行きたい。
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